 |
|
| リハ病院の四季 季節は巡り… |
発病から入院まで | 救急病院はこんな所 | リハビリのため転院 | 評判の入院患者
本格リハ・PT | 悲願のリハ・OT | リハ病院の四季 | 退院し独り暮らし |
|
| ●1999年・秋・患者M氏のブドウ |
◆M氏とは幾度か同室になり、ニキトは何かと世話になった。半ば島流し状態のニキトとは対照的に、M氏には家族が頻繁に訪れていた。ニキトの分まで菓子の差し入れがあった時には、彼は涙ぐんで礼の言葉を詰まらせる一幕もあった。
そんなニキトには不満の種があった。病院から一歩外に出ると一面のブドウ畑だ。芳香を放つブドウが陽に輝いている。食事に「ワインは無理でも、ブドウが付いてもいい」と期待したが外れた。
近くのスーパーまで行ったが、売り場にブドウは見当たらなかった。それをM氏に語った。
家族と観光果樹園に出かけたM氏は、ニキトへの土産に「巨峰」携えて戻ったのだった。
病室の冷蔵庫で冷やしたブドウを,フロ上がりに口に入れたニキトはその味に絶句した。
病院から離れたところにワイン工場があり、観光バスがしきりに出入りしていた。工場見学・試飲・購入となるらしかった。そこまで散歩に出たニキトは門前で引き返した。病院の規則では、飲酒したら即刻「強制退院」。関係方面に通達される。
近所のスナックに通ったところを見つかり強制退院になった患者がいた。彼は「これで家に帰れる」と喜んでいたのだった。
夕食までの一時、付近を散歩すると赤とんぼが秋空を埋め尽くすように飛んでいた。
|
|
| ●1999年・冬・病室のサンタ(12月24日) |
◆この日の夕方、病室にサンタクロースがやって来た。
扮するのはナースやセラピストの女子スタッフ。新入職員の通過儀礼のようなものらしい。袋から取り出したグリーティングカードを入院患者全員に配ってゆくのだ。カードは病院の職員が総がかりで用意したもので、簡単なメッセージが添えられていた。サンタというよりは郵便配達。プレゼントはなかった。里心を刺激され、患者はしんみり。
夕食に付いたイチゴのショートケーキがクリスマスケーキ。「ワインくらいはついても」が大半の希望。なにせワインと温泉の郷のリハ病院なのだから。
◆この地方の冬は、積もるほどの雪は降らなかったが、盆地特有の底冷えが厳しい。寒さは後遺症の痺れを痛みに変えてニキトを苛んだ。院内は暖房されてはいたが、寒風が入り込む隙間が所々にあった。風呂場が最悪。全裸で車椅子にかけて順番を待つ間の辛さは拷問だった。
「だまされた」とニキトは退院後もゴネる。「温泉三昧」のはずが、入れたのは退院前の二ヶ月足らず。それも天然温泉ではなく、井戸水の沸かし湯だった。付近一帯は名の知れた温泉郷で、町営の源泉から町中に給湯パイプが伸びていた。病院の真向かいには温泉旅館があったから、すぐ傍までお湯は来ていたのだ。
|
|
| ●2000年・春・合同訓練 |
◆2KYで世界中はおっかなびっくりだったが、さしたる事件もなく年は明けた。
患者は「おめでとう」は交わさなかった。自分の境遇はどこから見てもめでたくはない。相手もしかり。スタッフの人数が少ないことを除けば、食事も普段と変わらず、正月の気配はなかった。
変化と言えば、ニキトは病院の規則で一階下の「療養病棟」へと移った。健康保険の点数による措置とか、詳細は不明。
◆陽射しが温かみを増し、吹く風がやさしく感じられると、いつの間にか春。すぐ近くの温泉旅館街では、前を流れる疎水の上に板を渡し緋もうせんを敷き、花見の席をしつらえる。頭上には桜が咲き乱れて、これぞ春の宴。
病院のリハビリは、月〜金曜日は個別の時間割で訓練するが、土曜日は「合同訓練」となる。回復度で班分けされてレベルに応じた訓練を一緒にやる。1班から6班まであり、「1班は100メートルを××秒で歩けること」といった具体的な基準がPT室に掲示してあった。
セラピストと一緒に外出する1・2班はこの時期「お花見コース」をたどる。
ニキトの3班は、病院の青空駐車場を2〜3周する。雨天を除いて毎回このメニューだったが、駐車区画の外の周回コース上にいつも数台の車がとめてあり、歩行の邪魔になっていた。セラピストは訓練が始まる前にコースの安全を確認し、邪魔な車を移動させるなどの処置をすべきだった。事情を知らない見舞い客の車ではなくて、スタッフの車だったのだから開いた口がふさがらない。けが人でも出ない限りそのままという病院とスタッフの意識の低さにニキトは苛立った。
◆夜になると彼は同室の1班患者の道案内で、こっそり夜桜見物に繰り出した。
ライトアップされた桜の美しさをめでる余裕はなかった。彼の全神経は足元の暗さやでこぼこで転ばない注意に費やされた。ニキトは病院に戻るなり、ベッドに倒れこんだのだった。
*2KY 2K=2000 Y=year 2000年問題。この年コンピュータが誤作動すると予想され世界中が対応に苦慮した。
|
|
| ●2000年・夏・星に願いを |
◆七夕の頃、病院の玄関やエレベーターホールには笹飾りが立てられた。
笹竹につけられた色とりどりの短冊には、不慣れな左手で書いたのだろう、かろうじて判読できる弱々しい文字で患者の切なる願いが記されていた。
七夕の二週間ほど前から、OT室には数本の笹竹とそれに飾る短冊が用意されていた。
OTの時間に短冊を渡された患者は願い事を書くようにすすめられた。「書きますか?」と尋ねられたニキトは辞退した。「左手が動かせますように」とでも書けば良かったのだろうが、先に書かれた短冊の悲痛な叫びに彼は胸がつぶれる思いがして筆をとる気になれなかったのだった。
◆この夏ニキトは、猛暑の中を1日おきに病院から約1キロ先のスーパーに出かけては1リットル入りの牛乳パックを買い、飲んでいた。
◆8月には近くを流れる川で、温泉の客寄せ行事の花火大会があり、病院の屋上は絶好の見物席といわれ、その夜は消灯時間も繰り延べられると聞いた。ニキトはこれを観ることなく退院したのだった。
|
|
 |
発病から入院まで | 救急病院はこんな所 | リハビリのため転院 | 評判の入院患者
本格リハ・PT | 悲願のリハ・OT | リハ病院の四季 | 退院し独り暮らし |
 |