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| 本格リハ・PT 直立歩行の難しさ |
発病から入院まで | 救急病院はこんな所 | リハビリのため転院 | 評判の入院患者
本格リハ・PT | 悲願のリハ・OT | リハ病院の四季 | 退院し独り暮らし |
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| ● ぶんまわし〜2000年2月ニキト腰痛になる |
◆ニキトの見舞いに訪れた親戚が「前の病院では歩けたのに今は車椅子。良くなっていないし本人の希望もあるので転院させる」と病院側に申し入れた。
杖も装具も揃い、リハがすべてのニキトだったが、OTでの進展もなく、劣悪な病室環境(移ったのは寝たきり患者の部屋。オムツ交換を横目で見ながら食事するなど)なども重なって将来への不安感から転院を望んだのだった。
転院先は未定だったが「月末転院」を目標に、ニキトは深夜まで自主トレに励んだ。訓練室は閉まっていたが、50メートルの連絡通路(廊下)は夜通し使えたので、往復で100メートルをまるで「お百度」を踏む思いでひたすらニキトは歩いた。
その結果は、大願成就どころか二つのツケがニキトを襲った。一つは「腰痛」。PT室からたまらず車椅子で戻るありさま。約半月は歩けず鎮痛剤の世話になった。
二つ目は「ぶんまわし」。歩様に悪い癖がついてしまった。他の患者から指摘されたが、担当セラピストはニキトが告げるまで問題にしてはいなかった。主治医からも指摘される段になって彼女は「ぶんまわし」を認めたが「改善策」になるとお手上げだった。直す方法や技術を知らず「勝手に自己流の自主トレをするから…」と言いたげだった。
◆「カンファ」でリハビリを含む患者個別の治療方針が検討される。出席者は医師、看護師、PTとOTの担当セラピスト、MSWなど。必要に応じて開かれるのがスジだが、ニキトの入院中に1度か2度しか開かれていない。事前に患者の目標や希望や不満などの聞き取りはまったくないのがそもそもおかしい。
*カンファ カンファレンス(conference)の略で会議のこと。
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| ●歩様と装具 |
◆「歩様」とは歩く様(格好)のこと。正しい歩様は適正な筋肉運動のため、疲れない美しい歩き方に通じる。「距離(を伸ばす)よりも歩様」が主治医から腰痛のニキトへの助言だった。
◆「ぶんまわし」とは典型的な悪い歩様の一つ。「振り回し」の訛りと理解しているセラピストもいるが誤り。ぶんまわしとは「コンパス」のことで、国語辞典にも載っている。漢字では「規」と書く。
健足を軸にして患足で円を描くようにして歩くコンパス様歩行。ニキトの場合は左足を前方に出さずに左横から前に振り出す。左足の軌跡は右足を中心にして、地面に1/4の円を描くようにして前進した。
◆「装具」とは骨折や変形、痛みや運動マヒが生じた場合に、固定したり機能を代償するために身体に装着するものをコルセットから義肢まで含めてこう呼ぶ。
脳卒中に限定すると、足関節を固定する下肢装具のことで、ニキトの場合は「短下肢装具(SLB)」。通称「靴べら型」。ニキトの左足はマヒが強くて、つま先や踵からではなくて、足の外側から(足裏の内側が見える状態で)接地する。これを「内反」と呼ぶが、そのままの状態で体重をかけると、足首を捻挫してしまう。それを防ぐように正しい向きに足を固定するのが装具。プラスチック製でソックスほどの高さ。膝下までのものや、皮靴と一体化し金属の棒が両側に付いた「長下肢装具」なども症状によっては選択される。救急病院では弾性包帯で代用したが、リハ病院では短下肢装具をオーダーした。装具のお蔭でニキトは長い距離も歩けるようになったが、装具が引っかかるので発病前の靴はどれも履けなくなってしまった。
◆装具は驚くほど高価である。患者はその一部負担ですむが、どこから補助を受けるかがややこしい。PT(理学療法士)の指導・指示で専門業者が作成するが、支払いの面では知識不足のPTが多いので、MSWに相談するのが良い。更に患者が住民登録している地方自治体の福祉担当窓口で再度確認することをお勧めする。
装具が「治療のための必需品」であれば、医療保険が適応され、例えば3割負担となる。症状が固定していて「障害の機能補填用の補助具」であれば、身体障害者福祉法に基づく補助金が受けられる。自治体により(時には窓口担当者により)それらの区分判断が多様なので、直接お尋ねいただきたい。
*SLB=Short Leg Brac/SHB=Short Horn Brace/ Plastic Ancle Foot Orthosis
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| ●PTのメニュー |
◆月から金曜日の午前11時からがPTの時間に決まった。
PT(理学療法)はトランスファー(移動 Trancefer)から始まる。車椅子とベッド間の移動。車椅子の操作。床ずれ予防のため寝返り訓練など。ニキトの場合はそれらは習得済みだった。
広いPT室の中央には高さ35センチで8×10ほどのプラットフォームと呼ばれるクッション入りの巨大なベッドがおかれている。患者とセラピストはその上で、ROM、尻上げ(ブリッジ)、立ち上がりなどの基本的な準備運動をしてから、平行棒などに移動して個別メニューをこなす。
ニキトの場合は担当セラピストが中途で転職してしまい、訓練メニューに一貫性を欠いた嫌いがある。転院当初は「杖なし歩行」が得意だったニキトだが、主治医の判断で杖を使った歩行訓練に切り替えられた。大掛かりな段差の移動訓練のため、病院の階段を手すりに頼らず上り下りし、退院する頃には五階までクリアした。
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| ●ニキトきれる〜セラピストの職業意識 |
◆後に『ニキトぶちぎれ事件』と呼ばれた出来事がある。リハビリ中の理学療法士に腹を立てて切れたと伝えられているが、他にも劣悪な病室、成果の上がらぬOT訓練から来る退院後の生活不安などが重複して爆発し転院を決意したのだった。
ROM中の理学療法士は決まって患者に話し掛ける。担当する患者への「問診」が始まりだったのだろう。言語障害のない患者は彼らと会話する。この状況は理髪店や美容室での客と理・美容師に驚くほど似ている。これは理学療法士に限らず、作業療法士についても同じことが言えるので、以下「セラピスト」と総称する。
不機嫌だったり話せない患者が相手だと、セラピスト同士の私語がはじまる。「クルマ何買う?」とか「今年のスキーはどこに行く?」などの会話が聞こえてくる。患者は「クルマの運転が出来るようになるだろうか?」とか「退院してもスキーは無理だろう」などと思い悩んでしまう。彼ら二十代の若者の仲間内の会話には、自分が「医療行為」の最中であるとの意識は薄い。少なくともお客をそっちのけにしておしゃべりに夢中になるトコヤなどはいないから、セラピストの職業意識はこの点では理・美容師以下のと言える。
◆無口なのも困るが、おしゃべりでデリカシーに欠けるセラピストには迷惑する。無邪気な顔で酒のことなど訊かれても答えに窮する。それが原因での脳卒中患者は少なくないのだから。
九十歳に届こうと言う高齢の患者が「うまく歩けないのは体力がないからだろうか?」と孫のようなセラピストに尋ねた。努力して筋力アップすれば歩けると考えた患者はその運動法を教わりたかったのだろう。セラピストは「年齢的なものだと思います」と答えた。ニキトが体感した鉄則は「リハビリはやる気と根気」だ。老人のやる気に水を差した彼女の罪は重い。
常時手の指をすり合わせている患者がいた。担当のセラピストは「一度死んでしまった脳細胞は元にはもどらないので、この動作は一生止まりません」と訊かれもしないのに解説した。脇でこれを耳にしたニキトは、彼女の顔が悪魔に見えたのだった。
*ROM(Range of Motion 関節可動域訓練)マヒして自分で動かせなくなった手足を放置すると、曲がった(伸びた)ままで固まってしまう。これを「拘縮」と呼ぶが、それを防ぐためにセラピストが患者の手足を関節の可動範囲内で動かす。これに筋肉の緊張を和らげる動きを併用して「リラクゼーション」と呼ぶ病院もある。
セラピストが下肢のROMしかやらないなら、遠慮せずに「上肢も」と要求すると良い。
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| ●患者とセラピスト /人生の先達に敬意を |
◆セラピストと患者は孫と祖父母か子供と親ほどの年齢的隔たりがある。
「**センセー」と呼ばないと返事をしないとか、言動を批判すると不機嫌になるセラピストが多い。
患者たちとばかり接していると,いつのまにか自分が『上位者』と勘違いしてしまうのだ。「患者をまたぐな」などと注意しようものなら、とたんにむっとして口もきかなくなる。
彼らは高卒後、3年の専門学校教育で療法士国家試験の受験資格が得られる。卒業と同時にリハ病院などに就職し、合否の知らせは職場で聞くのだとか。この間は無資格で治療を行うのだから、厳密に言えば違法行為ではないのか?試験に落ちる者はいないというからといって許されることか?
患者は障害を持つ分、健常者(健勝者とも言う)の下位にある。治療してくれるセラピストは更に上位にあるとは感じている。しかし、彼らが上位なのは患者の治療に関わるごく一部分だけなのだ。どの患者にもセラピストが逆立ちしても勝てない人生経験がある。それを理解して人生の先達として敬意を払えば、多くの知恵と教訓が得られることに気が付いて欲しいものだ。
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| ●理想のセラピスト |
◆患者はセラピストを選べない。病院側が一方的に決めてしまう。
数年以上の実績を持つ男性セラピストが担当者なら幸運だ。仲間内ではPTを「リハビリ土方」と呼ぶほどの肉体労働だから、非力な女性セラピストでは患者も不安だ。救急病院で出会ったセラピストはアメリカンフットボールの経験者で、頑丈この上ない体格だった。つまずいてもよろけてもがっしりと受け止めてもらえるという安心感は貴重だ。ためらいなく踏み出す一歩は訓練の上達に結びついた。
学校出たての小柄な女性セラピストに当たった患者は、不幸だ。患者側の症状は無限に近いバリエーションがあるが、それらに対処する治療(訓練)のメニューは教科書の範囲に限定されてしまう。
たとえ分厚い治療法の教科書があったとしても、畳の上の水練で、セラピストの身についていないものは技術ではない。
◆ビジネスの世界では、情報を共有し、技術を標準化し、個人ではなくグループで問題解決を図るのだが、医療の現場ではそれらがまったくなされていない。
ニキトの「ぶんまわし」の場合、担当のセラピストは匙を投げ、何の手も打てなかった。彼女の他に病院には十数人のセラピストがいて、著書を持つほどのベテランもいた。訊けば何らかの対処法が得られただろうに、他に訊こうとはしなかった。
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発病から入院まで | 救急病院はこんな所 | リハビリのため転院 | 評判の入院患者
本格リハ・PT | 悲願のリハ・OT | リハ病院の四季 | 退院し独り暮らし |
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