悲願のリハ・OT ホモファーベル
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● 日々のOTはパズルだった
遊具と子供◆月から金曜日の午後2時からがOTに決まった。
ニキトがリハ病院に移った唯一の目的は手のリハビリテェーションだった。左手さえ動けば元の仕事に戻れると信じてOTに励んだが、医師の予想に反して、ニキトの左手は微動だにしなかった。
OTの前半はROMで、セラピストが彼の左手を動かす。後半はパズルだった。「この訓練メニューに問題はないか?何故パズルなのか?」を主治医に相談した。医師ははっきりした答えを出さなかった。
◆OTに限らずPTでも、医師とセラピストの関係は捉えがたい。制度上は医師の指示書なしにはリハビリはできない。しかし、リハビリの内容はセラピストの統治領域で、医師は侵犯できないように見える。こんな誤った完全分業制度にした責任は、チェックして注文をつけられるほどの知識も経験も持たぬ医師側にあるのかも知れない。
この時期ニキトの左手は握りこぶし(グー)のままだった。ひじ関節がくの字に曲がり、こぶしはベルト付近にあった。これは筋肉が緊張して収縮状態にあるためだ。医師は筋弛緩剤を処方した。歩くと膝がガクガクしたが、薬の効き目は手には及ばなかった。
◆OTでは「利き手交換」が主な訓練となる。右利きだった右片マヒ患者は自由な左手で箸を操り、文字を書くなどを時間をかけて繰り返し練習する。それらに上達すれば、針仕事や折り紙などの更に緻密な作業に挑戦する。そのためOT室は学校の図工室に似ている。
右利きで左片マヒのニキトにそれらの訓練は必要ない。その時間の穴埋めがパズルだったのだ。数枚の三角形などの小片を決められた形に組み合わせるという図形パズルだったが、職業柄、図形の取り扱いに慣れていたニキトは、この病院のパズルはやり尽くしたのだった。

*筋弛緩剤文字通り筋肉の緊張を解く薬。中枢神経に作用するものと抹消神経に作用する薬とに大別される。ニキトに処方されたのは中枢神経に作用する内服薬。ちなみに
新聞を賑わす犯罪に使われるのは注射液。規定を超える量を体に取り込むと、呼吸も心臓も停止する。
OTの基本とは
作業療法=OTだが、Occupational Therapyを直訳すれば職業訓練療法。第一次世界大戦後の傷病兵の社会復帰訓練が始まりと言う。平和な日本では想像もつかないが、OTの歴史には血と硝煙の臭いが染み付いていた。
リハビリテェーション先進国のアメリカでは、残存機能を最大限に生かす段階より先に進んだ研究が進んでいると聞いた。一例をあげれば、障害者に見えない動作を指導訓練するとか…。
今の日本のOTは、図工を通した手の訓練の段階に留まって、職業訓練の要素はまったくない。脳卒中患者の大半は稼ぐ必要のない高齢者という現状では図工でも許される。セラピストたちは「高齢者が日常生活の基本動作が出来れば御の字」と能天気に考えるらしい。一家の大黒柱がそれでは家族の生計はどうなる?
その分野は福祉行政に委ね自分たちの領域ではないと考えるなら、「Hand Therapy」とでも改称すべきだ。ここにも患者側の要求と医療側の目標設定には大きなズレがある。
●OTのメニュー
左手でお箸を◆右利きだった右片マヒ患者のためには、相当時間をかけて利き手交換訓練を行う。左片マヒ患者には片手だけで細かい作業が出来る訓練をする。男性患者には家事一般の指導もされていた。担当のセラピストはニキトにその辺の実習を予定していたらしいが、彼は高卒以来、筋金入り(?)の独り暮らし。掃除・洗濯・調理などの家事はすべて自分でこなしてきた。そのため、教わることは何もなかった。釘の出たまな板の上で大根を包丁で切ってニキトの調理実習は終った。

*釘の出たまな板 平らなまな板の上で大根は転がって切りにくい。裏から打った釘に大根を差し固定すれば、片手でも切れる。定番中の定番の自助具
●「ADL訓練」
人体寸法◆日常生活動作訓練(ADL=Activities of Daily Living)は、退院して朝起きてから、夜眠るまでの生活動作を、装置や道具を使って訓練する。和室・台所・風呂場・便所などでの動作や行動をセラピストの指導で学習する。
障害者用に改良された装置や道具なども紹介される。
自宅での状態をチェックするために、退院間近になると1泊2日で患者は一時帰宅する。
病前とは身体状況が変わると、住まいのさまざまな箇所の改造が必要になる。その相談に乗るのもセラピストの仕事だ。
 ニキトの病院には、流しとガス台などの簡単なセットしかなかった。担当のセラピストは調理実習を提案したが、「世間一般のオヤジとは違う」とニキトは実習を断り、「そんな時間があったら左手の訓練を」と逆に提案したのだった。
●理想的なADL
◆日常生活動作訓練(ADL)は屋内に留まらない。一歩家を出れば他の人々の日常生活がある。それらと整合する判断力や行動力を培わねば生きては行けない。
 エレベータのない病院はないが、エスカレータまである所は少ない。片マヒの患者にとってエスカレータは鬼門でさえある。セラピストがついて実際に乗り降りの訓練が出来れば理想的だ。ニキトは退院後に駅のエスカレータで杖を折ってしまい往生した。
 ブドウ畑の中のリハ病院にいたニキトは、退院後、人ごみに遭遇し足がすくむのをどうしようもなかった。街中の病院だったらこのような経験はしなかったのかもしれない。
ADL訓練でコンビニの買い物にセラピストが同行する病院があるという。こうした体験は患者に大きな自信を与える。リハ病院選びにはロケーション(立地条件)も重要です。
●自助具とは
補助具とか自助具と呼ばれる障害者のための道具があり、ユニバーサルデザインが市民権を得るはるか前から作られてきた。しかし、量産・量販・大量消費の流れから逸れているために、眼を疑うような価格になっている。それがあれば自分の生活がもっと便利で快適になると願い、障害者は高価格に眼をつむって購入してきた。
障害者が使いやすいなら、高齢者や幼児にだって使いやすいはずだ。健常者が使っても支障なしとなると量産・量販が可能になり価格は下がるし、一般的な日常の道具になり障害者も助かる。こうして障害者も健常者もともに使える号具「共用品」というジャンルが生まれた。
◆人類は進化の過程で道具を考案した。それで「ホモファーベル」と呼ばれるのだが、右利きだった右片マヒ患者が、左手で手掴みで食事するのを良く見かけた。箸やスプーンを使う(ホモファーベルに戻る)ためにはかなりの努力と訓練が必要になる。
右利きで左片マヒのニキトは苦もなく箸やスプーンを使うが、ナイフとフォークを同時に使うことは出来ない。そのため、気取ったレストランやステーキ店には経済的にも入れない。
ずいぶん前に、一部の知識人の間に、森林資源保護のために割り箸を使わずに箸箱に塗り箸を入れて持参するのが流行ったことがあった。ニキトはこれを復活させようかと考えている。
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