退院し独り暮らし 24時間リハビリだ
発病から入院まで | 救急病院はこんな所 | リハビリのため転院 | 評判の入院患者
本格リハ・PT | 悲願のリハ・OT
| リハ病院の四季 | 退院し独り暮らし
●2000年8月12日(土)退院の日
入道雲この日は晴れていた。土曜日で合同訓練の日だったが、退院当日だというのに、事務スタッフに「訓練しますか?」と尋ねられてニキトは驚きながらも辞退した。退院が決まった時点で、スタッフをはじめ親しい患者仲間には挨拶を済ませていたので、することは何も残されていなかった。
◆クルマで迎えに来るはずの親戚夫婦は、予定より遅れて到着した。聞けば飼い犬が老衰のためその日の朝に急死したと言う。亡骸の処理で手間取ったとかで、帰路の車中からも夫が保健所に携帯電話する始末。なにやら不吉な予感がしてニキトは不機嫌だった。
◆ニキトが戻った先は、発病した都内のマンションではなく、親戚夫婦の住まいに近いY市に用意された1DKのマンションだった。南向きのベランダの先には緑の木立が見え、明るい6畳の和室にはベッドがしつらえてあった。ニキトは新居に満足した。欠点は、道路からマンションの玄関まで合計で20段ほどの階段があることだった。後々判るのだが、T丘陵の南端に位置するこの地は、どこに行くにも坂道だらけでニキトを大いに悩ませるのだった。
こうしてニキトの「24時間リハビリだ」の生活は始まったのだった
三通の紹介状
◆退院の際に書類袋を渡された。中には退院後の生活上の注意書きと紹介状が3通入っていた。1通は主治医が、あとの2通はPTとOTのセラピストが書いたものだった。封緘印が押されていたのでそれらの内容は知らないが、行き届いた配慮と言えよう。
紹介状とは次の医療スタッフへの「申し送り状」と定義すれば、転院時に「母校の系列病院以外への紹介状は書かない」と公言した救急病院の医師は問題だ。
情報公開が当たり前の現在、「カルテの公開」をする病院が増えたので、患者側では「紹介状がだめなら、カルテのコピーを」と要求するという手段がある。「紹介状無しの患者はお断り」などという病院は避けたほうが賢明かもしれない。何が何でも入院したいのなら政治力に頼るという転院の奥の手もある。
●何科に通院するか
ドクター◆脳卒中治療のために手術をしたか否かで、分かれる。外科手術したなら「脳神経外科」へ。
手術しなかったなら「神経内科」へ通院するのが適当とされている。
症状が安定しているなら、近所の内科医を主治医にし、リハビリ先を相談すると良いかもしれない。リハ病院を退院すると連日のリハが出来なくなり、あせりと不安感に苛まれるが、自主トレで補うしかない。通院でのリハは週に1回できれば良いほうだ。自治体にもよるが、健康保健の点数に制限があって、連日はおろか同日のPTとOTは不可とか…。
◆リハを主眼に、ニキトは某医大のリハ科に通院した。「紹介状を3通も持参されては…」と困惑顔の医師は「PTとOTのリハ指示書」を書いたのだった。今にして思えば、医師はリハの必要はないと診たらしかった。教授のイスを狙う助手のこの医師は、時折不思議な言動でニキトを戸惑わせた。「(降圧剤に関して)同種の薬を複数処方するのは医療保険制度上好ましくない」。複数の薬で血圧を下げるのは今や常識である。そのくせ筋弛緩剤に関しては平気で重複させていた。体調不良を感じたニキトは自己責任で、筋弛緩剤の服用を調整(体調に応じて半量など)した。それを告げると医師は「私を信頼しないのか?」激怒した。ニキトはこの医師が学会に出席した隙に代診で来た医師に主治医を替えて溜飲を下げたのだった。
●介護保険とホームヘルパー
◆8月にリハ病院を退院したニキトは、この年(2000年)の4月にスタートした介護保険制度を早速利用することになった。具体的には週に2回ホームヘルパーが来宅し、家事援助(買い物・掃除・洗濯など)をしてくれるのだ。
申請などの手続は入院中に親戚の者がしてくれていた。梅雨が明けた頃、Y市から保健婦さんが病院を訪れ、介護保険認定の面接調査を済ましていた。
◆初めの頃この制度を理解していなかったニキトは、五里霧中のまま利用していたのだった。
五里霧中なのはニキトばかりではなく、やってくるホームヘルパーも同様で、彼らを管理する事務所(サービス提供事業所)も頼りないことこの上なかった。今でこそ株式を上場して、大手などと言っている所が初めの頃はこうだった。困ったことに何故かニキト担当のヘルパーは定着せず、めまぐるしく入れ替わった。
※それから4年たった現在では、介護保険に関するエピソードや発言したいことが山積しているので、別サイトで稿を改めてお伝えしたいと思います。
●自治体の福祉サービス
身体障害者手帳の申請には医師の証明書を添付しなければならない。介護保険申請に必要な「主治医の意見書」とあわせて退院前に書いてもらうのがよい。患者本人に代わって家族はMSWと相談して行政窓口に出向く必要がある。身障者と自認したがらない患者が多いので、手帳の申請は家族がやってしまうこと。持っていて邪魔になる物ではないし、後々何かと特典や恩恵が受けられる。ちなみにニキトは2級。
◆職場復帰ができず経済的に困窮するなら生活保護のお世話になるしかない。動産・不動産がある人は資格がない。「パソコンを持ってるとダメ」と聞いたが未確認情報なので責任はもてない。ニキトの場合は郷里に少々の不動産があるのでダメ。親戚の一人が「私に名義を変更すれば、OKなのでは?」と申し出た。月々の生活費に目がくらんで危うくなけなしの財産を乗っ取られるところであった。というわけで、生活保護に関してはお伝えできることはない。
◆自治体の配食サービス(食事の宅配の補助金が出る)とボランティア団体の同様なサービスとで、ニキトの毎夕食は確保されていた。地理不案内の地での生活にもなれて、外出するようになった頃、双方のサービスとは縁を切った。業者の窓口の不手際に端を発した抗議は、自治体の担当部署のあきれた実態を知るに及んで、ニキトは補助を辞退したのだった。
◆外出には1メーター分のタクシー券の72枚綴りがもらえるのだが、出不精のニキトは半分以上残してしまう。
▲トップページへ
発病から入院まで | 救急病院はこんな所 | リハビリのため転院 | 評判の入院患者
本格リハ・PT | 悲願のリハ・OT
| リハ病院の四季 | 退院し独り暮らし